服部 克久
Katsuhisa Hattori

  • 作・編曲家
  • 昭和11年11月1日生まれ
  • 東京出身
  • かに座 B型
  • 最終学歴 パリ国立音楽院

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略歴

1954年、成蹊学園高等学校卒業後、1958年留学先のパリ・コンセルヴァトアール作曲科を修了し帰国。帰国後すぐに作曲活動に入る。初仕事は東映映画「流星王子」のテーマソング。

テレビ番組「サンデー・ダークダックス」「ハニー・タイム」、「ミ ュージックフェア」でアレンジャーとしての第一歩を踏み出す。

1961年から3年間ビクターの専属作曲家時代を経験する。

1964年「東京オリンピック」において、前田憲男、中村八大、山本直純の各氏とともに、体操競技や開閉会式の音楽を担当する。

1970年、日本初開催の国際博覧会「大阪万博」の「ガス館」において、フランスの巨匠「ミロ」創作の壁画に音楽を作曲する。 同年、「花のメルヘン」がレコード大賞編曲賞を受賞。

1983年、音楽活動25年目に初アルバム「音楽畑Ⅰ」を発表。以後毎年1作をリリースし、1999年には「音楽畑16」をリリースする。アルバム発表後は、アルバム収録曲の発表を兼ねたコンサートが、音楽活動の一方の軸となる。

1989年、「海と島の博覧会・広島」、1990年、「大阪・花と緑の博覧会」、1992年、「第一回ジャパン・エキスポ富山」等の催事プロデューサーや音楽プロデューサーを歴任。海外では1993年、「韓国太田国際博」、1994年には音楽プロデューサーを務めた「セビリヤ国際博」等のジャパン・デーにおいて、現地オーケストラとの共演により、日本のポップスミュージックを披露する。

1990年、アルバム・シリーズ「音楽畑」が「レコード大賞企画賞」を受賞。

1991年、ダンス曲「インテンシティー オブ スペース アンド ウィンド」がニューヨークタイムズの「オリジナルダンス曲ベスト10」に選出される。

1993年、「日本作編曲家協会」創設の中枢を担い、自ら会長に就任。ポップスやニューミュージック等、多岐にわたるポップスミュージックの作・編曲家達が多数会員となる。

1995年、若手アレンジャーやミュージシャンの育成を目的に「東京ポップスオーケストラ」を組織し、以降毎年10回のコンサートを開催、同時にアルバムをリリースしている。

1997年、ニューヨークのカーネギーホールと国連本部においてコンサートを開催。

1998年、アルバム・シリーズ「音楽畑15」が「レコード大賞企画賞」を受賞。

1999年、音楽生活40周年を迎え、アルバム・シリーズ「音楽畑」の16作目は、服部克久の音楽仲間達が集い、「服部克久トリビュートアルバム」としてリリースされた。同年の11月1日には、東京NHKホールにおいて「40周年記念コンサート」が盛大に開催された。


作品実績

主な作品

  • アルバム「音楽畑」1~20
    (ル・ローヌ、自由の大地、夕陽、鯨のボレロ、風の子守唄、ラ・ストラーダ等)
  • すごい男の唄
  • 花束
  • 組曲「馬」
  • 合唱組曲「堺」
  • 「ガラスの兎」
  • 「頑張れ盲導犬サーブ」

CM作品

サントリーオールド/サントリー 響 サントリービール AGF ネスカフェ 丸紅 YKK ニチレイ 積水ハウス 他

社歌

大沢商会 セコム ブリジストン アキレス パイオニア 宝酒造 長谷川工務店 川崎鉄工 ダイキン ジャスコ キッコーマン 岡田屋 松下電工 日本JUKI 瀬戸信用金庫 住友金属 京浜急行 (順不同)

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